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食べる量の規制
食べ過ぎてしまった後の数日間は、普段以上に食を抑え、半日でもあまり動かない日があれば、後の数日いつもの倍近く動くことでプラスマイナスゼロにしようとする |
| A |
時間に対する強迫観念
夕食の時間(食べ始め・食べ終わり)は厳密に決められていた。1分でもずれたり、オーバーするとパニックになった |
| B |
夜9時以降は絶対に固形物を口に含まないといった決まり
食べてしまうとパニックになる。パニックが収まった後も、なお食べてしまった事実や強迫行動から外れたことに対する後悔と拒絶感はずっと尾を引き、それに頭がとらわれ、何も手につかず、無気力状態に陥ってしまった。自己否定感に苛まれるばかりであった。 |
| C |
人前で食べられない
食べている姿を誰かに見られ、私の食の異常さがバレルのではないか。変な目で見られるのではないか、果てには、自分を否定されるのではないかと怖くて仕方がなかった。
(見られることを恐れる理由)
食に問題を持っている自分は、どこか周りから劣っている存在で、食への強いこだわりというのは恥ずかしいものだと思っていた
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| D |
食の規制の内在化 つまり自己コントロールへ
最初は意識的にやや少なめくらいだったものが、最後はパンひとつでも食べ過ぎと思ってしまうようになった。体重は減り続け、最終的には2度ほど入院を迫られるまでになった。生命線のギリギリの低空飛行状態だった
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| E |
食の規制に付随してのさまざまな強迫感
休めない。のんびりすることができない。どんなに悪天候でも1日1回は必ず外に出なければ気が済まない。家にいる時ですら、じっと座っているのが落ち着かず、何か用を見つけては動き回っていた。
自分が自分として自足することの不安=(ある)の欠如〜食べることへの罪悪感
存在することへの罪悪感
母が見てくれていないと食事ができなかった
母がそばにいないと食べられなかったのは、食べているところを見てもらい「大丈夫 外れていない」と言ってもらわないと不安で仕方がなかったからだ。
この場合の母とは誰か。
母はチェックする存在。母は正しさ=規範という外在性としてしか存在 していない。受け止め手としての母親ではない。甘えることも、依存することもできない。このときの母は(いるのにいない)存在であった。このような母子関係の状態は、母親はいるのに「受け止め手」としての母はいないという意味である。
この内部の空洞状態を「家族の中の孤独」と呼ぶー彼女の拒食症の核心部分は家族の中の孤独であった
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| F |
ロボット
日常のパターン化、時間の規制、自己カリキュラム、強迫行動として現れる過剰な食のコントロールや強迫行動において、頭で考える部分が強く、休めない感じや時間への規制はすべて頭がそのように仕向けた。これらが体感や欲求を虐げてしまった。「ロボット時代の私は全くの独りであった」
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| G |
自分について
| 1 |
私は自分のことを自分のこととして捉えていなかった。まるで他人事のようで、日々生活している自分をどこかで別の自分が俯瞰して眺めているような感覚でいた。そこに己の人生という感じはあまりなく、第三者の人生といった感覚に近かった。――自分が自分であるという同一性が感じられない。充実した自分が居ない。空洞の自分が居る |
| 2 |
自分と外の世界が完全に切り離されていて、他の人とは生きている世界が違うため決して交わることはないと思っていた。疎外されていた(孤独の一つの形) |
| 3 |
拒食を強制されたことはない。ひたすら自分ひとりで首を絞め続け、それでもやめることができなかった。「独り」だったから。自分の存在が不確かで、今にも消えそうだった私にはすがるものが必要だった。それが「拒食」や「清らかな自己」という偶像。――正しさという規範の自己人格化 |
| 4 |
私は昔から満たされているとなぜか不安になることが多い。楽しいと感じたりすると怖くなり、何かいけないのではないかと漠然と思ってしまう欠如が常態であって、充足は非日常。具体的な欠如を作ることによって、日常を安心・安定化する―――満腹を肯定された経験が乏しい。満腹の自足状態・安心・安定を知らない。楽しいことに罪悪感を覚える。 |
| 5 |
拒食という自傷行為によって安心感を得ていた。そこまでしないと存在してよいと自分で思えなかったのかもしれない。―――自分の受け止め手を、自傷行為をする自己に求める。――受け止められ体験の欠如。「孤独」がもたらす負のスパイラル |
| 6 |
体の衰弱と反比例するように私は安心感を得ていった。唯一の存在肯定。安心感は何も信じられない宇宙空間を漂っている時の命綱だった。 |
| 7 |
他の人々にはない、尋常の域を超えた何かがないと己の存在が消えてしまう。その何かが異常な食のコントロールであり、結果招かれた拒食という状態であった。 |
| 8 |
食は手段に変わった。「清らかな自己」でいるための手段としての拒食 |
| 9 |
食べることは、はしたない。ダメなこと。恥ずかしいことであるといった罪悪感。食べてしまう人は自制心がなっていない。食べない人は自制心がある |
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